東京高等裁判所 昭和29年(う)356号 判決
被告人 安田芳雄
〔抄 録〕
所論は要するに、原判決が本件事故の発生を不可抗力として被告人の過失に帰せしめえないものとしたのは事実誤認であると主張するものである。よつて本件記録を調査し並びに当審における事実の取調の結果に徴し考察すると、原審の前記認定は事実を誤認したものと認められ、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由がある。
即ち 本件事故発生の現場は、秦野町方面(西方)から平塚市方面(東方)に向う県道(通称秦野街道)上、平塚市平塚七百七十六番地先において、新豊田道と称する略東南方に向う道路が分岐する三さ路をなしている個所であつて、右県道は幅約五米六〇、道路はアスフアルトで鋪装され凹凸なく、道路は略直線であつて見通しの良好なところである。被告人は自動車運転者であるが、本件当日(昭和二十七年二月七日)午前八時二十分頃普通自動車神第一六六〇三号を運転し秦野方面より平塚方面に向つて時速約三十粁で、道路中央よりやや左寄の部分を進行していたもので、被告人の操縦していた自動車は自家用貨物用普通自動車中型四輪ニツサン並三方開放四十二年ガソリン発動機四行程式乗車定員三名車輛重量二千八百瓩、最大積載量四千瓩、長さ六米四〇、巾二米二〇、高さ二米二〇のものであり、当日は相模川堤防修理工事の為使用する栗石二千瓩以上を積載していたものである。右自動車の運転台は右側ハンドルで、被告人が右側に、古谷喜作が中央に、富永信男が左側に乗車していた。(以上原審並びに当審検証調書、原審並びに当審証人古谷喜作、原審証人富永信男の各尋問調書、鑑定人萩原清助の鑑定書、警察員並びに検察官に対する被告人の供述調書による。)
被告人は前記交さ点の前方約四十米の地点に差しかかつた頃、その前方約二十五米の左側に、道路左端より約一米の間隔を保つて同一方向に向つて進行している本件被害者山田恵貴三(当時五十九年)の乗つている自転車を見たが、その頃右交さ点に近づいたので、新豊田道から県道に進入して来る車馬に警戒するため、一回稍長く警笛を鳴らしたが、その頃新豊田道から一台の貨物自動車が県道の方に進入しようとして、その前部を県道内に約一米位出して停車したので、被告人はその自動車を避けるため、進路を少し左に寄り、前方の山田の乗用している自転車とはほぼ交さ点附近でこれを追い越すような状況で進行した。山田は被告人の鳴らした警笛には注意した様子もなく、前進を続けたので被告人は右自転車も県道をそのまま進行するものと思い、格別自転車に注意を払うこともなく運転を続けていた。然るに山田は、新豊田道より先端を出して停車していた貨物自動車の前面を通り過ぎた頃、突如何等右折の合図もしないで、新豊田道の方にハンドルを切り被告人の運転する自動車の前方約三、四米の地点で被告人の進路前方に出て来たので、被告人は慌ててハンドルを右に切り、フットブレーキをかけ、自動車に同乗していた古谷はサイドブレーキを引いて停車措置をとり衝突を避けようとしたが及ばず、自動車の前面フェンダーを右自転車に接触させ山田を路上に顛倒させ、自動車はなおも右斜前方に突進して衝突個所より約十五米の距離にある熊沢是義方の家屋側面に約三十五度の角度で突込み、同家の外側を破壊し自動車の前方部を同家の内側に約〇・五〇米位突き出して漸く停車したのであるが、山田は右衝突事故のため脳挫傷等の重傷を負い、同日午後九時十五分頃同市平塚千四百四十九番地中南国保病院において死亡するに至つたものである。(以上当審検証調書、原審並びに当審証人古谷喜作尋問調書、原審公判調書中証人山田スズの供述、医師新橋義一作成の診断書、警察員並びに検察官に対する被告人の供述調書による。)
そこで本件事故が被告人の過失に因るものであるかどうかの点につき考察すると、本件事故において、後方から進行して来た被告人の運転する自動車に気づかず、右折の合図もしないで自動車の進路直前において右折して来た被害者の側にも過失があることはこれを否定することはできないが、本件現場における道路の幅員は前記のように約五米六〇であり、被害者はその左端より約一米の間隔を保つて東進を続けており、被告人の自動車は道路中央稍左寄りに進行していたのを、新豊田道より県道に入ろうとして、県道内に約一米前方部を突出して停車した貨物自動車を避けようとして更に稍左にハンドルを切り、交さ点附近で自転車を追い越すような状況で進行していたものであるから、被告人の運転していた自動車の幅が二米二〇長さが六米四〇であることを考えると、被告人の自動車は山田が同一方向に進行を続けたとしても山田の自転車とは半米にも足らぬ、殆んど擦れ合う程度の間隔でこれを追い越す状況にあつたものと認められるのであり、且、同所は前記のように県道より新豊田道に入る分岐点となつており、前方の自転車はこの地点で右折して新豊田道に入る可能性も当然考えられるのであるから、このような場合において高速度の交通機関である自動車の運転を業とする者は、接触等による事故の発生を未然に防止するため、絶えず前方を注視し右自転車の進路を確認する必要がある外、適宜警笛を吹鳴して前方の自転車に後続自動車の接近していることを警告しこれを更に側面に避譲させる等により安全に通過しうるよう意を用いると共に、己むを得ずかかる狹隘な間隙をすり抜ける場合には接触等の危険に備えて十分な減速をなし、該自転車が万一自動車の進路に近づく気配を認めた場合には直ちに停車しうるよう万全の措置をとり、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきである。(大審院昭和九年(れ)第四七五号同年六月七日第一刑事部判決、昭和一三年(れ)第七〇四号同年七月五日第三刑事部判決、同年(れ)第一三九〇号同年一二月九日第三刑事部判決等参照)然るに被告人は単に一回警笛を鳴らしたのみで後続自動車の接近に気附いているかどうか判明しない前方自転車が、そのまま進行するものと速断し、且つその状況においてかかる狭い間隙を接触しないでこれを追越しうるものと速断し、十分な減速の措置をとることなく、(仮に被告人が当時時速二十粁の程度に減じたとしても本件の如き場所と状況の下においてはこれを以て十分な減速と云うことはできないばかりでなく、前記のように事故発生の際執つた急停車の措置の効果の発生距離(制動距離)が十五米を超えて、前記の如く道路の反対側にある人家に相当の勢で突き込みこれを大破した状況に徴するときは到底二十粁程度に減速したものと認めることはできない)漫然同一速度を以てすり抜けようとしたため前記のように該自転車が無信号で進路に入ろうとしたので急停車をしたが既に遅く本件事故を惹起したのであるから被告人の本件当時における注意義務は尽されていなかつたものと云わざるを得ない。即ち該自動車を三、四米以内に停車しうるに十分な減速をすることは本件の場所及び状況に徴し被告人の執るべき当然の業務上の注意義務に属するものと云うべく、また本件個所通過の際における被告人の前方注視の義務及び警笛吹鳴による被害者に対する警告義務の点においてもなお被告人に過失があるものと断ぜざるを得ない。以上いずれの点よりしても本件事故の発生と被告人の注意義務懈怠との間に因果関係がないと云うことはできない。
これを要するに本件事故発生の原因は被害者の過失もその一部をなしていることは認めざるを得ないが、これと共に被告人の自動車運転者としての業務上の注意義務の懈怠もその原因をなすものであつて、これと本件被害者の死亡との間に因果関係あるものと認められることは敍上説示のとおりであるから、これと異る見解に立脚して本件を不可抗力と認め被告人に無罪の言渡をした原判決は自動車運転者としての業務上の注意義務の内容、解釈を誤り又はその前提たる事実を誤認して不法に法律の適用をしなかつた違法があるものと認めざるを得ない。即ち論旨は理由があり原判決は全部破棄を免れない。
(裁判長判事 谷中薫、判事 尾後貫荘太郎、判事 荒川省三)